「私の物差しでどうこう言うのではなく、
私の物差しを問うのです。」

小西さんのこの言葉は、倫理の学びの中でも、とても実践的で、同時に厳しく、そしてやさしい言葉だと感じました。

私たちは日常、無意識のうちに自分の物差しで物事を測っています。
「普通はこうだろう」
「これくらい分かるだろう」
「ちゃんとやるべきだ」
こうした思いが、自分でも気づかないうちに基準になっています。

小西さんが語られたトイレ掃除の話は、そのことを非常に分かりやすく示していました。

掃除を始めた当初、正直な気持ちは
「せっかく自分がきれいにしたのに、また汚しやがって」
という怒りだったそうです。
きれいにする側は正しい。
汚す側が悪い。
この物差しで見れば、腹が立つのは当然です。

ところが、掃除を続ける中で、心に大きな変化が起こります。
汚れを見た瞬間に出てきた言葉は、
「また汚された」ではなく、
「どうぞ、汚してください。私が磨かせていただきます」
というものだったと言われました。

ここで大切なのは、
トイレを汚す人が変わったわけではない、という点です。
状況は何一つ変わっていません。
変わったのは、自分の物差しだけでした。

それまでは、
「きれいにした自分が正しい」
「汚す相手が悪い」
という物差しで世界を見ていました。
その物差しは、同時に自分の心を苦しめてもいました。

「私の物差しを問う」とは、
相手を正すことでも、我慢することでもありません。
「私は、どんな基準で腹を立てているのだろうか」
と、自分に問いを向けることです。

家庭でも職場でも同じです。
相手の言動にイラっとしたとき、
問題は相手そのものではなく、
自分が握っている物差しかもしれません。

物差しを手放すと、
相手が変わらなくても、自分が楽になります。
これは自己否定ではありません。
むしろ、自分の人生を自分で引き受ける、
静かな「自己責任の宣言」だと感じます。

今日一日、
誰かの行動に心がざわついたとき、
「相手はどうか」ではなく
「私は今、どんな物差しで見ているだろうか」
そう問いかけてみたいと思います。


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